メンタルヘルス(英:mental health)とは、精神面における健康のことである。心の健康、精神衛生、精神保健などとも呼ばれる。認知的な水準、情緒的な幸福、精神疾患の有無などにより説明され、ポジティブ心理学やホーリズムの学問的見地からは、人生を楽しむための個人的能力や、生活活動と心理的回復力(レジリエンス)を獲得するためのバランスをもたらす作用などが含まれることがある。また、メンタルヘルスの状態は、心理状態の表れであるとともに、要求範囲への適応度を意味している。
現代の社会生活では、労働における成果主義の激化などに伴いストレス要因が増大しており、そのようなストレスにさらされ続け精神が疲弊した場合、うつ病や適応障害などの精神疾患を発病することがある。そのため労働衛生の一環として、心理カウンセリング体制整備などのメンタルヘルス対策への取り組みが年々増加している。
また、大阪検定などを主催する大阪商工会議所は2006年度より、心の不調の未然防止と活力ある職場づくりを目指すため、職場内での役割に応じた知識や対処方法の習得の程度を検定する「メンタルヘルス・マネジメント検定」を実施している。
2008年に施行された「労働契約法」において、第5条「労働者の安全への配慮」にて安全配慮義務が明文化されたことにより、企業・事業所側(使用者・雇用主・事業者・経営者)に要求される労働契約上の安全配慮は、努力義務ではなく法的義務として課せられるようになったことで、労働者のメンタルヘルス対策は、各企業・事業所にとって法的観点からも喫緊の課題となった。
そのため、例えばメンタルヘルス不調者に対しての心のケアや、精神心理的負担を軽減するための配置転換など、企業・事業所側が労働契約上必要な安全配慮・措置を講じないまま当該労働者の心身の健康状態がさらに悪化したり、うつ病や適応障害などの精神疾患を発病したり、あるいはそのような病悩から自殺などに至る事案が発生した場合には、労働災害(労災)認定請求のみに留まらず、本人(労働者)や遺族側が上司・管理職・人事労務担当者を含む企業・事業所側を相手取って安全配慮義務違反を争点とした損害賠償請求などの民事訴訟を起こす事例が全国で相次いでいる。中でも、企業・事業所側(上司・管理職・人事労務担当者)に心身への安全配慮義務違反が認められた事例の損害賠償額は数千万円〜1億円規模にまで上ることがあり、メンタルヘルスケアを担う企業内カウンセラーとしての外部心理職専門家の導入は、各企業・事業所にとって新たなリスクマネジメントのひとつとなっている。
関連情報は「企業内カウンセラー」を参照
スクールカウンセラーが制度化された2001年度以降、「臨床心理士」「精神科医」「大学教員」などの高度な心理職専門家人材がスクールカウンセラーとして任用され、児童・生徒・学生本人との心理カウンセリング、保護者への助言・援助などの心理コンサルテーション、教職員への助言・援助などの心理コンサルテーションを主な職務として心理相談業務に従事している。このような今日におけるスクールカウンセラー事業の定着により、不登校や問題行動などを始め、児童・生徒・学生をめぐる種々の問題に当たっては専門的な対応が取り組まれてきたが、その一方で、精神疾患発病を理由とする教職員の病気休職者数が年々増加している現状があるなど、教職員側のメンタルヘルスも近年の問題となっている。
そのため、多様な分野の有識者から成る文部科学省審議会「教育相談等に関する調査研究協力者会議」は2007年、スクールカウンセラーの担当職務内容について、従来の文部科学省の任用規程に掲げられているものに加え、ストレスによる教職員の休職や不祥事などを防ぐための「教職員のメンタルヘルスケア」の担い手としての役割を提言する報告書を取りまとめた。
2007年現在、日本の職場では、PTSDといえるような心の傷を負い、心の病になる人が増えている。産業医の荒井千暁は、著書『職場はなぜ壊れるのか』で、職場の従業員のメンタルヘルスを害する要因として、2007年からみた「この10年」にみられるようになった新しいものとして成果主義・目標管理の導入を挙げ、旧来からあるものとして、女性中心社会、男性中心社会、男女の社会がひずんだ場合について、それぞれ考察している。
年功序列制がバブルの時期に批判されたが、今度は次世代の育成を怠ったこととあわせてバブル崩壊の頃から成果主義が職場の士気を低下させ、事故トラブル時などでも改めて柔軟に対応しようとしない組織の体制が個々の従業員を疲弊させているケースが増えている。成果主義はその発想からいって、成果主義制度自体の成果も検証し続ける必要があり、組織の業績が上がるか、従業員の士気が高まるなど、組織の向上に向けて機能しているなら高評価に値するが、士気が下がっている、業績も上がっていないということになれば、その成果主義制度自体が低評価に値し、変えていかなければならないと述べる。
成果主義は、その導入にあたって、導入者・組織での上層部の目標が公明正大でなければ成功しない(組織の業績を上げる・構成員の士気を上げるといった本来の目的に向かって機能しない)、そうでない場合は、失敗を恐れて挑戦しなくなる、地味だが欠かせない機能を果たしている仕事がおろそかになりトラブルが発生する、上司と部下の間で「よろしく頼める組」という派閥ができやすくなる、面従腹背の姿勢を持つ者が増える、知能犯的なあくどさや虚偽の申告が増える、といった弊害があらわれるという。また、絶対評価ではなく各評価ランクに入る人数・比率が決まっている場合には、他人を助けることは個人にとっては単純にライバルを増やすことになってしまうので、たとえば業務引き継ぎの際にノウハウを教えない・パイプを繋げないといった類の意地悪、相手の隙を突く足の引っ張り合いが行われるようになり、結果会社の業務に滞りが生まれ、組織にとって実りのない小競り合いが増える結果を招くという。従業員が疲弊していても業績が上がれば会社の向上といえるのかもしれないが、業績は変わらないのに社員が疲弊していく、社員が疲弊して業績も下がるといったことになれば、それをそのまま維持するのは、成果主義制度自体が本末転倒な状態ではないか、と述べる。また、単純に数値に置き換えることができない業務・目標の場合、その評価判定は困難を極め、誠実で真摯に臨む管理職ほど倒れる傾向が生まれるという。
女性中心社会は、うまくいっているときとそうでない場合が二極化する特徴があり、うまくいっている場合は、年長者の優しいリードと気配りのきいた人間関係が体現され、うまくいっていない場合は感情的で、ころころと変わる意見、好みが一致する人には優しく接し気に入らない人へはアラを探して盛り上がるという具合に両極端が現れるという。嫉妬によるイジメは若い人が受けることが多い。これを改善するためには、たとえば環境問題に対するように、組織として理念を掲示して体制を整えておくのがよく、個人個人で対処しようとすれば悪化するという。
男性中心社会は、派閥意識・責任感・矜持が強いのが特徴(パワハラ)で、硬直化すると「異分子を排斥せよという思想めいたもの」が横行することになるという。自己正当化のための論理の構築、お手並み拝見という嘲笑的・冷酷的な対応、信念を貫くためのあるいは責任を取っての自決(自殺)といった態度・行動がみられるようになるという。
男女が交わる社会では、女性のがんばりすぎによる「微笑みうつ病」、男性によるセクハラが挙げられるという。男性と女性がともに働く職場では、女性に、自分ががんばらなければいけない、弱みは見せられないといった心理が働く場合があり、笑顔で仕事をしているうちに限界を超えていて壊れる、といったケースが見られるという。また、もともと男性中心社会だったところでは男性特有のセクハラが残っているところはまだ(2007年)存在し、組織の上層部のバランス感覚が欠けている場合は、女性が育たない、セクハラが発生した際 同性(男性)に対する偏った温情が発揮されるといった対応がなされる職場が、まだあるという。男性特有のセクハラではなく、たまった不満が弱者に向かうという報復的代償行為としてのセクハラもみられるという。